社長訪問 ─ 株式会社エビアン 代表取締役 小橋一弘氏
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社長訪問コーナーでは、今まで、物品税に何がしか関係のある方をお訪ねしておりましたが、今回は、高田馬場アリミノビルF1で、「オーキット」という喫茶店を経営なさっている小橋一弘氏にお会いし、お話をうけたまわりました。
そうです、長い間、協力会において、お世話くださいました第一人者、小島屋乳業の小橋氏の事です。
今、この会が、このように、よい形になったのも、ずいぶんとお世話になったからなのだから話を聞いてくるように、編集会の全員に言われやってまいりました。よろしくお願いします。
そんな、たまたま長くなっただけです。昔の話を言われても、あまり覚えていませんよ。小島屋乳業に税理士として入社して以来で、その昭和31年からですか。当時、社長が副会長でしたから、会社の仕事として会の皆様と協力しあうようになったのです。
以前は「協力会」と言わず、「促進会」と言っていたんですよ。物品税と言うと、何か、宝石とか酒とか思われがちですが、目的税というのが、当時ありまして、その中で砂糖消費税というのがあったんです。その砂糖が乳製品に含まれると、免税になるのです。その他飲料水などに税が掛る掛らないがありまして、小島屋には、沢山の事務仕事があったんです。
促進会時代には、宝石屋さん達は入っていなかった。その後、「懇親会」、「懇話会」、「協力会」となるのですが、「協力会」からじゃないかな、デパートや宝石屋さんが入ったのは。
最初から「協力会」ではなかったんですネ。では、ずいぶんと変化したんですネ。
そうです。「促進会」時代は、2種のみの集りで、大変小さなものでした。少しずつ大きくなって「協力会」で「ワー」ですね。「懇話会」時代、オリエンタルの中山氏が協力好きで、会長ということもあって、オリエンタルの工場で花見をして騒いだり、この「たっくす」の前身のような印刷物を出したんですよ、工場のガリバン使って1回だけですけど。行事としての集りでなくても、まとまりがよくて、楽しかった。その当時から会では、旅行には行ったんです。今じゃ、東京周辺、行く所が無いでしょ! この会永いから。
やはり、お噂通り、生き字引きですネ。少し、その小島屋さんに入る以前の小橋さんのことも知りたいですネ。
ハハハー、僕ですか。四国讃岐の香川で生まれました、昭和7年に。高校までは、四国におりまして、当時の新生高校1期生です。東京に夜学に行こうと出てきました。昭和25年頃は、東京では仕事がなくて、香川では会計を勉強しておりましたので、小さな会社に入って経理をやっていたんです。そうこうしている内に、税理士の資格を取って、小島屋に入ったわけです。
それ以来ずっと小島屋乳業に。そして協力会にも。30年以上ですね。
そうですねぇ。会社の仕事として税務署とのやりとりをする中で、自然と協力会の仕事もするようになった。砂糖消費税の問題があったから、税務署との関係は密だったんです。
今は「オーキット」という喫茶店を経営されていますが。
ええ、小島屋を退いた後、高田馬場で小さな喫茶店をやっています。コーヒーが好きでね。でも協力会のことは今でも気にしていますよ。若い人たちが頑張っているのを見ると、嬉しくなります。
小橋一弘氏 プロフィール
昭和7年、香川県生まれ。新生高校1期生。上京後、税理士資格を取得し、昭和31年より小島屋乳業製菓に入社。以来30余年にわたり協力会の運営に尽力。現在は株式会社エビアン代表取締役として、高田馬場にて喫茶店「オーキット」を経営。