インタビュー ─ 誠実をモットーに
株式会社 審美堂
会長 山岡保之助
正徳年間(1711年〜)から江戸に住む生粋の江戸っ子。第14代目。代々神田佐久間町で炭問屋「山口屋」を営み、明治に姓を山岡と改める。大正5年、六本木で時計宝石貴金属商を開業、戦後銀座に移転。
「江戸っ子は、五月の鯉の吹き流し、宵越しのカネは持たネェってんですから....... 江戸っ子の商売はヘタですヨ。」
炭素化合物一筋に300年
私共のルーツは、約280年前までさかのぼることが出来まして、正徳年間(1711年〜)から江戸に住んでおります生粋の江戸っ子です。私で第14代目になります。
代々、神田佐久間町で炭問屋、山口屋を営んでおりました。
講談「塩原太助」に出てまいります、太助が愛馬「あお」と別れて奉公したあの山口屋が私共の祖先に当り、私から10代前1765年頃のお話になります。
明治になって、姓を山岡と改めております。
炭問屋は3代前で廃業し、父猪之助が大正5年、六本木で時計宝石貴金属商を開業、戦後すぐに銀座に出てまいりました。
思えば、ダイヤモンドは炭素化合物、炭も炭素、炭素化合物一筋に300年近く商い続けているということになります。
親しみのある街 新宿
最近、新宿のある方から「銀座は都心じゃない!」と言われてガッカリしたら、続けて「銀座は国心だよ、商店街の歴史が違う!」要は、都庁の移転ぐらいでガタガタするなという話だった訳ですけれども.......。
口幅ったいことを申す様ですが、銀座は世界的にも類のない商人のメッカです。一軒一軒のお店ごとにオーソライズされた特徴があり、お客様に安心してお買物いただけることは今も昔も変りがありません。
今でこそ情報化社会と申しますが、銀座は一歩、半歩でも時代を先駆けて、お客様の信頼に応える努力を続けて来ています。
私が父の跡を継いだのは、昭和32年ですが、「宝石をデザインする店」を店是として、オリジナリティな他店にない商品をと努力して来たつもりです。
戦前は、宮内庁御用達の店として各種御下賜品の製作にも携わらせていただきました。
「お客様から、『お前の店はどうしても必要だ。』といわれる様な価値ある店として『本当に喜こんでいただけるものを、手頃な値段で』お納めしていきたいと思っております。それが息の長い商売のあり方ではないでしょうか。」
私ども、新宿には昭和39年マイシティ誕生とともに出店させていただきました。
新宿は、大きなヒンターランドを抱える交通の要衝として、また親しみ易く、気軽に買物が出来る街として大変魅力のある街です。
新都心新宿、伝統ある銀座、それぞれの特ち味を活かした街づくりが必要です。それによってまだまだ発展すると確信しております。
