囲碁三昧
P.14私の場合、酒は人並み以上腹に収めているので、或いは別腸が存在しているのかもしれないが、碁に関しては、石を持たない日がない程打ってはいても、駄碁ばかりで、別智どころか、本智も見当らない。
二十過ぎに習い覚え、世も日も明けず熱中した時代もあり、十年程前にやっと三段の免状をうけたが、素質がないうえ不勉強ときているので、以後はさっぱり進歩がない。
でも、ますます興が湧き、熱は冷めない。
碁の血筋
プロ、アマを問わず碁を覚えた年令が低い程強くなると言われているが、私は幼少期、家族に碁を打つ者が居なかったので、まったく縁がなかったが、私が生まれる前鬼籍に入ってしまった祖父は、かなりの碁好きであったようだ。町医者だった祖父は、碁となると患者を待たせるのは朝飯前、往診も脈拍ならぬ石を数える方が多かったそうだ。
医者でもない父が婿として請われた時も、祖父の碁席に呼ばれ、緊張のあまり正座して頭を下げたままでいたが、石を置く合間に話しかけられ、返事をする暇もなく決まってしまったそうだ。その恨み(?)があってか、父は死ぬまで石を持たなかった。
輪廻転変 我が愚息達は、私が石を並べていても、一向に興味を示さない。どうも、我が家系では、碁に関して変則的な隔世遺伝をしているらしい。
囲碁の歴史
閑話休題。囲碁の起源は、中国の文明発祥とともに生まれたと言われているが、日本に伝承されたのも古い。「古事記」や「万葉集」に碁に関する記述がみられるし、奈良正倉院の御物の中に豪華な紫檀の碁盤があることからも、六世紀頃には、完全に根をおろしていたらしい。宮廷、貴族、僧侶ら上流階級の雅遊であったものも、戦国時代には、武士の間で流行っている。信長、秀吉、家康らが碁の保護政策をとったのも、武士の嗜みとして碁の兵法的理論をかったものであろう。
徳川時代に国技として発展をとげた碁も、今や国際的な広がりをみているが、この東洋的郷愁を持つ深遠な知能ゲームは、更に世界の人々を魅了していくことであろう。
碁と人生
私も十九路の中の無限な変化に魅せられた一人であるが、楽しみの中にも屡人生を学ぶことがある。布石から始まる合理性の追求、機をみるに敏で迅速に応手を打つ。正に、現代社会を生き抜く教訓そのものである。
ところで、碁は打ち手の性格が躍如として表われるものである。私も緩いことが嫌いなので強気な碁が多い。最初は品よく打とうと思っていても、数手進むうちに、相手の大石をとってやろうとする邪気が起きてくる。これがまた、上達しない所以であろうか。
職場での好敵手は、間税第1統括官の首藤君である。腕自慢の彼、なかなかの豪腕家で、時には力余ってポカをやるが、私の大石を取った時の高笑いは憎らしいほどである。でも、こういう相手が、息が抜けず一番楽しい。やはり勝負は、競争心と多少の敵愾心がないと面白くないものである。
只今は、「一目の負そこら中をかき回し」の川柳どおり、ザル碁を楽しんでいるが、私とて本当は、一目でも強くなりたいし、風格正しい碁を打ちたいと願っているのである。
休日に出向く近所の碁会所の席亭さんが、目下私の師匠である。本業が経営コンサルタントのこの先生、三子局でなかなか勝たせてくれないが、いつでも含蓄のある手を打ってくれるのが嬉しい。プロの指導碁や、アマ高段者との碁は、勝敗は別にして、局後が爽やかで、一瞬自分が高まった錯覚を味わえる。
滋味の尽きないこの趣味を、私は生涯続けていきたいと思っているが、いつでも夢みている碁の打ち方がある。
部屋を清め、香を焚き、正座する。そして心静かに石を置く。こんな端整な雰囲気の中で清新な境地に没入できるのはいつの日か。
それにしても楽しい。囲碁三昧の日々。
編集後記
「たっくす」第14号をお届けいたします。今号では、林新署長の着任ご挨拶をはじめ、会員の皆様の活発な活動の様子をお伝えしております。婦人部コーナーの「現代の父親像」は、父の日にちなんだユニークなアンケート結果です。お父さん方にはぜひご一読いただきたい内容となっております。
また、前副署長の小野田俊氏には囲碁への熱い思いを語っていただきました。趣味を通じた人生の機微が伝わる一編です。
今後とも会員の皆様のご投稿をお待ちしております。