佐藤昌教氏

佐藤昌教 氏

株式会社 三粧
絵の仲間と年に1〜2回、北信濃の広大な景色の中で油彩画のスケッチを楽しむ。

北信濃写生記

12〜3kg位はあろうと思われる絵具箱や用具を提げて細い道を登り、畠の畦を崩さないように、あらかじめ選定した場所へ着き、キャンパスを対象的に向ってやや斜めに立てて仕度を整えます。

一服つけてこれから色をつけてゆく風景に大きく深呼吸するときは、初陣の若武者にも似た躍動感が張ってまいります。

自然ほど美しいモチーフはないと云いますが全くその通りです。

絵の仲間と誘い合って、年に1〜2回この北信濃の広大な景色の中に埋れてしまいます。大地は匂い、草木はそよぎ、鳥は囀り、せせらぐ川音も聞えて、四囲は大自然に取り巻かれ、全くこの世の浄土です。

勿論、空気のうまさも格別で、運ぶ絵筆も自らリズミカルになります。

北信濃写生 油彩画作品
佐藤昌教氏の北信濃写生作品

画面構成の中に入る山には、五月といえど雪を冠っており、山と裾野の中景には淡い雲が棚引き、すぐ近くの前景には、林檎の太い幹からゴツゴツした枝が延び、若芽をあしらって白い花が豪勢に咲き誇っています。

……というところを画き進めてゆくのですが、悲しいかな未熟者の筆はそう易々と動いてはくれません。最初の心意気はだんだん萎み、果敢であるべきタッチは鈍り、色は混り合い、あまつさえ先程まで浮んでいた雲はなくなってしまい、山はガスに隠れ、風が出て画架は揺ぎ、もういろいろな悪条件が重なって、不安と心細さが募って来ます。

青息吐息のこのような状況を救う手段がなかったら、お手上げもいいところです。

そこはうまくしたもので、グループを統率し指導して頂いている先生が、ご自分でも写生しながら、気儘にわらびなど摘んで、私達の絵にも眼をとおしに来られます。

「構図が一寸怪しいですね。これは右へ寄せた方がいい。」「空を見てご覧なさい。雲は白いとか黒いものではありません。よく見るといろいろな色があります。」と云って、折角描いているキャンパスに情け容赦なく強烈な筆づかいで塗りたくってゆくのです。

心中おだやかではないのですが、一寸、先生が筆を加えますとアラ不思議や、絵が引き締って生き返ってくるのです。プロの偉大さをいやと云うほど見せつけられて驚嘆することがあります。

もう一つの救う手だては、自分で「遊ぶ」ことです。到着以来こころ張りつめていたものを、フっと息抜きするのです。歌でも歌うのです。岩魚の走る川でも覗いてみるのです。所謂気分転換です。

絵から離れて自分を自然の中へ放り出すのです。暫く自然の中に遊んで絵の前に立って見ますと、自分ながらの佳し悪しが今までの過程から見つけ出せるのですから面白いものです。

それからまた勇気を出して描き続けてゆきます。このようなことを繰返して2〜3時間も経ちますと「絵」らしきものが出来てまいります。

花リンゴ妙高は未だ雪かづき

山頂の角張った妙高は、黒姫や戸隠を従えるように聳え、大信州を象徴する山です。毎年、ここを訪れますと大概その雄姿が現れておりますので、妙高を先ず遠景に入れることが多くなります。

すぐ近くには、一面に拡がるリンゴの花からやわらかい風が甘酸っぱい香を運び、楽しく絵を描く条件を援助してくれます。

画架立てて町へ昼餉に山ざくら

遅咲きの桜が農家の庭を彩っています。低い田圃には田植の準備も終り、張ってある水がやや濁っていて、蛙が顔を出しているのもまた一興というものです。

そうこうして一日に2枚ほど描き上げ、信州ならではの温泉宿にわらじを解きます。気さくで、親切な旅籠風の宿は私達10人程の泊り客で占領してしまいます。

たっぷり温泉につかって、一日の疲れをほぐし、地酒を酌み交す夕べは、写生に来た醍醐味を2倍も3倍も楽しいものにし、明日への英気を養ってくれます。

編集後記

会報「たっくす」第10号をお届けいたします。今号では、幸福新署長の着任挨拶をはじめ、会名称変更の決定報告、婦人部コーナーでは「実年を美しく楽しく装うには」と題した実践的なファッションアドバイス、千野時計店三代にわたる新宿の歴史、そして佐藤昌教氏の爽やかな北信濃写生記をお届けしました。会員皆様のますますのご健勝とご発展をお祈り申し上げます。

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